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令和!2019年の大阪マラソンを走った有名人と記録!アンバサダーは?

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大阪マラソン

先日の2019年12月1日(日)に、第9回大阪マラソンが開催されて、約3万2千人が大阪の街を駆け抜けました。

大阪マラソンは2011年10月30日に第一回大会が開催されている市民参加型の大会です。

フルマラソンは3万人が、8.8kmのチャレンジランは2千人が走ります。

フルマラソンの制限時間は7時間、チャレンジランは1時間50分となっています。

何か所かに関所があって、制限時間内にそこを通過しないと、後ろから来たバスに収容されてリタイアとなります。

収容バスに追い越されたら終わりです。

そして、車いすマラソンもあるのが、この大会の特徴とも言えるでしょう。

7つの色

大会のスローガンは「みんなでかける虹」で、虹を架けるの「かける」と、大阪の街を駆け抜けるの「かける」の両方の意味を併せ持っています。

虹の7色と同様に、7色のTシャツやキャップなども販売されていて、それぞれの色にはそれぞれの意味があります。

赤:生きる希望を支える
オレンジ:子どもの未来を支える
黄色:家族を支える
緑:大阪のまちを支える
水色:自然環境を支える
紺:スポーツ・文化を支える
紫:美しいまちと暮らしを支える
となっています。

テーマソング

大会のテーマソングがあります。

2014年からコブクロの小渕健太郎さんが作詞・作曲した「42.195km」という楽曲です。

大阪弁が入っていて

~~~うまいこといかんことが ぎょうさん 毎日のように あんねんけど、 がむしゃらに走るだけで、大概のことどうでもよくなるねん~~~などと歌われています。

しかし、2019年からは大阪マラソンのコースが変更になり、歌詞が合わなくなってしまいました。

たとえば、

~~夢の御堂筋逆走、誰に頼んだかて こんなこと 今日しか許されへん~~

御堂筋は、普段は北から南への一方通行にしか車は走れません。

しかし大阪マラソンの時はランナーたちは、難波付近で折り返して南から北へと逆走します。

ところが2019年からは北から南へ走り、折り返さずにその後は西に曲がります。

なので、夢の御堂筋逆走 という歌詞が合わなくなってしまいました。

また「最後に待ち受けている地獄の砦、南港大橋」というフレーズが歌詞の中にありますが、2019年からは南港大橋はコースになっていません。

そこで、テーマソングを改めようとコブクロの小渕さんに依頼したところ、快く引き受けてくださり、2019年は「OSAKA SOUL」という楽曲がテーマソングとなってな上がれていました。

「OSAKA SOUL」の歌詞を見ないで聴くと、

~~涙の中に光る 笑顔の花を 咲かそう 誰も見たことのない 夢を咲かそう~~と聞こえるかもしれませんが、

実は、~~夢 OSAKA SOUL~~が正解です。

OSAKA SOUL と「~を咲かそう」で韻を踏んでいるのです。

大阪マラソンを走る有名人

第1回の2011年は、MBSのアナウンサー山中真さんやロザンの宇治原史規さんが走りました。

第2回の2012年は、東野英治さんや福本愛菜さん、元プロ野球選手や監督を務めた古田敦也さん、博多華丸さん、トミーズ雅さんが走っています。

そして第3回の2013年はコブクロの小渕健太郎さん、ips細胞の研究で有名な山中伸弥先生、アナウンサーの八木早紀さん、元プロ野球選手の赤星憲広さん、東野幸治さんが走っていました。

コブクロの小渕さん等は、その後も2013年、2014年、2015年、2016年、2018年、2019年と今回で7回目の出走です。

小渕さんや山中先生は、アンバサダーということで募金活動を支援するランナーとして走っています。

寄付金を集めるということも大阪マラソンの大きな目的の1つで、チャリティーランナーは、目標の寄付金額を(最低7万円)を決めて、その額以上の寄付を集めることができたら、大会への出場権をGETできるのです。

<2019年のアンバサダー>

今年、アンバサダーとしてフルマラソンを走ったのは、コブクロ小渕健太郎さん、間寛平さん、ジミー大西さんでした。

◆小渕健太郎さん

「蕾」、「桜」、「流星」、「未来」などの楽曲で有名な「コブクロ」のギターを弾く方です。相方は193センチの長身でサングラスをかけた黒田俊介さんです。

大阪マラソン出場のために「KIAI」と言うチームも結成していて、ライブの時のメイクやヘアーを担当するスタッフや小渕さんの知り合いなどもフルマラソンを走っています。

コブクロのフアンサイトでは、応援フラッグや応援メガホンの型紙をダウンロードして、プリンターでコピー用紙などに印刷することもできるページがあります。フアンは画用紙などに貼ってフラッグにしたり、メガホンを組み立てたりしています。

ちなみに私は11月のカレンダーの裏に貼ってメガホンや旗を作りました。

中には、「小渕健太郎」と大きく書いた幟を作って持って来ているコブファミさん(コブクロのファミリーと言うことで、フアンのことをこう呼んでいます)もいました。

小渕さんの1回目のチャレンジ、2012年のタイムは3時間47分45秒でした。

翌年の2014年は、34キロ地点で顔や手足の末端がしびれて我慢できなくなって止まってしまいました。

低血糖かもしれないということで、糖分や水分を補給したのですが、「どうも気持ちが付いていかなかった」そうです。

そこで、沿道のファミさんたち(コブクロのフアンの方々)にメジャーデビュー曲の「YELL」を歌ってほしいとお願いしたところ、ファミさんたちが快く歌ってくれて、元気や勇気をもらって20分後に再スタートしました。

1キロを8分30秒というスローペースに落として、4時間45分15秒でなんとか完走できました。

昨年の2018年は3時間37分39秒と言う自己ベストを出しましたが、今年はどうかな?と思っていたところ、春に肉離れをしているので、「1キロを5分40秒~6分とスローペースで行きます。

30kmを超えて調子がよければ、その後1kmを4~5分とペースを上げます」とフアンサイトのブログに記されていました。

2019年の結果は、4時間12分57秒でした。

自己ベスト更新はできなかったけど、走りとしては自己ベスト、というコメントを残しています。

◆間寛平さん

1949年7月20日生まれ、70歳。

2008年12月17日から大阪からスタートして世界を1周する「間寛平アースマラソン」にチャレンジしました。

2010年の1月に前立腺がんが見つかったことを、アースマラソンで滞在中のトルコのイスタンブールで公表しました。

前立腺がんの治療のためにいったん「アースマラソン」は中断しましたが、驚異的な速さで回復して、6月に再スタートします。

そして2011年1月に4万1000kmの旅を終えて日本に無事帰ってきました。

2012年からは、2011年3月に発生した東日本大震災の被災地に元気を届けようと」いう想いで「Run Forward KANPEI みちのくマラソン」や「淀川寛平マラソン」などを行っています。

寛平さん自身も、1995年1月17日の阪神淡路大震災を宝塚の自宅で経験されていて、当時息子さんの通っていた学校の体育館へ避難されました。

2019年大阪マラソンのタイムは4時間37分31秒でした。

「5時間を目途に走っていたから、こんなもん」とのことでした。

◆山中伸弥先生

1962年9月4日生まれ

京都大学ips細胞研究所、所長・教授。

2012年ノーベル生理学・医学賞を共同受賞しています。

寄付文化を根付かせるためと、マラソンへの参加も恒例です。

お昼休みに鴨川を走っているそうですが、奥様曰く「徹夜明けや体調の悪い時まで走るのは止めてほしい」と、数年前に何かの番組で話されていました。

2012年3月11日の京都マラソンでは、山中先生が完走するという条件下で、クラウドファンティングによる寄付方法でips細胞基金への寄付を呼びかけました。

その結果、寄付金は1000万円を超えたそうです。

この時のマラソンは4時間29分53秒で見事に完走されました。

2019年の大阪マラソンのタイムは、3時間29分11秒でした。

2月の京都マラソンで3時間24分42の自己ベストを出しているので、「最後の坂道までは順調だったのに」と少し悔しそうでした。

12月1日(日)に行われた大阪マラソンでは、このほか、全盲の漫才師「濱田祐太郎」さんが走りましたが、伴走者をつけて走りましたが、残念ながら制限時間をオーバーしてしまい、30kmでリタイヤとなりました。

しかし、濱田さんの頑張りや想いは十分に伝わったと思います。

そして多くの人に勇気を与えたことでしょう。

ランナーの皆さん、お疲れさまでした!そして運営ボランティアの方々、お疲れさまでした。



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