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花籠部屋の歴史と新潟出身元関脇大寿山の再興!相撲人生

元関脇

小学生の頃相撲会には千代の富士というスーパースターがいて、私も千代の富士が好きでした。

でももう1人応援していたのが新潟出身の大寿山でした。

私は親族が新潟にいた関係で、小さい頃もいろいろ新潟の事が気になっていました。

大寿山

大寿山

1959年生。

新潟県旧新津市(現在新潟県新潟市秋葉区)出身。

二子山部屋に所属した力士。

最高位は関脇。

相撲を見始めた頃

相撲を見始めたのはやはり千代の富士を見てからでした。

千代の富士が番付をあげていくのと比例するように私も相撲を見るようになりました。

大寿山は最初は知りませんでした。

後に新潟出身と知って応援するようになりました。

大寿山

その頃の大寿山と私

私が見始めた頃の大寿山は、毎場所勝ち越しと負け越しを繰り返している印象がありました。

なので番付も前頭の中ほどで安定しているという感じでした。

相撲内容も真面目というか、千代の富士のような速攻や投げとは対照的に、しっかり右四つになってゆっくり攻める。

土俵際に追い詰められても重い腰でしっかり残しうっちゃるという内容でした。

小さいころは私も派手なわかりやすいものが好きだったので、千代の富士のように相撲も華やか、番付も華やか、華やかに優勝するという感じが好きでした。

なので応援しているとはいえ大寿山にはなんかすっきりしないもどかしい感じを当時はもっていました。

大寿山引退までに

時に金星を挙げたりするものの勝ち越しと負け越しを繰り返す大寿山ですが、1988年1月場所では東前頭13枚目の位置で10勝5敗、翌3月場所でも東前頭5枚目の地位で9勝6敗と勝ち越し小結となります。

同年5月場所では、この小結の地位で1横綱2大関を破る活躍を見せて8勝7敗と勝ち越し敢闘賞を受賞します。

その後また負け越したりしますが、89年1月場所では、関脇になります。

この頃は私も高校生。

小さい頃のようにわかりやすい派手なものよりも、地味だけど奥深いものの方が好きになっていきます。

この頃は千代の富士よりも大寿山の方が気になる存在となっていたような気がします。

さらに故障が少なかった大寿山は1991年5月場所初日に、幕内在位連続10年以上(連続在位62場所)として理事長特別表彰を受けます。

これも私の中で大寿山すごいなと思わせられた一つでした。

大寿山引退

大寿山引退後

1991年3月場所に引退して二子山部屋の部屋付き親方となっていた大寿山でしたが、1992年、二子山部屋から分家独立し、花籠部屋を創設します。

これが当時の私にとってとても驚きでした。

というのはこの花籠部屋の前任は名横綱だった横綱輪島だったのですが、1985年に輪島は自身の年寄名跡を担保に入れて多額の借金をしていたという前代未聞の事実が発覚したのです。

その後,花籠部屋は消滅。

こんないわくつきの花籠部屋を、あの地味な大寿山が再興するなんて。

でも大寿山で良かったのだと思います。

特にマスコミ等にも騒がれた感じも全くありませんでした。

花籠部屋

今回調べたところ輪島が消滅させる前の花籠部屋はすごい部屋だとわかりました。

横綱は初代若乃花や輪島。

大関は魁傑。

その他関脇、小結、前頭、十両多数の力士が育っています。

大寿山が再興させた花籠部屋は対照的に目立った力士は育っていません。

しかし部屋は20年間続きました。

私が知る前の大寿山

これも今回調べてわかったのですが、地味だとばかり思っていた大寿山ですが、デビュー当時は新進気鋭の大物喰いで、関脇まで昇進していたのです。

あの北の湖に強く(対戦成績は5勝6敗とほぼ互角)、大いに将来を嘱望された存在であったらしいのです。

ですが相撲が遅いという弱点から、三役ではほとんど勝ち越すことはできず、番付が上がっては負け越し、番付が下がれば勝ち越すという感じになっていったようです。

でも最初が良すぎるとその良かった時のイメージに引きずられて、その後鳴かず飛ばずというパターンも多く見られますよね。

大寿山はそういう事なく、しっかり自分の足元が見えていたのでしょうね。

大寿山から教わった事

ちょっと大げさかもしれませんが、私は大寿山に生きる術というかいいヒントをもらっています。

1つ目は人生勝ち越しと負け越しの繰り返しでも十分やっていけるのではということです。

それは一喜一憂せず地道に一つ一つ積み重ねていくことの大切さです。

2つ目は、勝ち越しとは8勝7敗と勝ちの先行が1つだけでも勝ち越しということです。

もちろん多額のお金が手に入るとかそういう大きな人生の勝ち越しが多くあることもよいと思いますが、日々の生活の中で嫌なことと良いことがトントン、あるいは良いことが一つでも上回れば十分ではないかということです。

3つ目は、1つ目2つ目と矛盾するかもしれませんが、人生勝ち越しが続く事もあるという事。

1988年から1989年の大寿山ですね。地味だといっても関脇までいっているのですから、十分実績は残してますよね。

ただ大寿山も負け越しが続いたり、少ないとはいえ休場もあったりしたので、そういうのを乗り越え地力をつけた結果、勝ち越しが続いたのかとも思いますが。

そしてトータルしていえるのは続ける事の大切さ。

もちろんケガに強かったという利点があった上でのことですが(当然本人が気を付けていた、生まれ持ったものがあったなどいろいろな要素はありますが)、幕内在位連続10年以上はすごい事です。

さらに花籠部屋も再興して20年続けた事もすごい事です。

大寿山の花籠部屋は最終的に経営難のため峰崎部屋へ吸収合併されたようですが、最初は当時のバブル景気で東京都内では地価が高騰していたために用地が確保できず、山梨県で部屋をスタートさせたようです(山梨発の相撲部屋だったとのことです。その後はなんとか東京に部屋を移したとの事です)。

そこからの20年なので大したものです。

あと余談ですが、大寿山は2020年に日本相撲協会の理事になったんですね。

これもすごいですよね。

もちろんこれもいろいろな要因があるかと思いますが、長く相撲界にいた事も理事になった1つの要因でしょう。

最後に

もちろん私は地味に長く続ける事が必ずよいといっているわけではありません。

見切りをつけるときはしっかりつけた方がよいですし、上を目指すのが好きな方、または目指せる方は当然目指す方が良いでしょう。

ただ自分はそういうタイプではないので、大寿山の相撲人生がとても参考になっているだけなのです。

もしかしたら大寿山もデビュー当時は新進気鋭の大物喰いだったし、実は上を目指すタイプなのかもしれません(協会の理事に
にもなっていますし)。

私が勝手に地味なタイプと思い込んで、勝手に人生の指針にしているだけだけかもしれません。

となると本当の大寿山はあまり知りたくない気がしますが、

私は今後も大寿山の相撲人生を人生の指針にしていくのでしょう。

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